2008 年
6 月
6 日
カテゴリ:つぶやき
昨年は、目黒区制75周年でした。
〜目黒の歴史をひも解くと・・・。〜
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練馬区制60周年、目黒区制75周年から「目黒区の歴史」を読んで 工藤春代 目黒区の特徴 ・目黒区は昭和7年に区制施行、2007年目黒区となって75年目 それまでは江戸城を中心とした周辺が区となり、今の千代田区が「麹町区・神田区」、中央区が「日本橋区・京橋区」に分かれていて15区あった。 ・渋谷や目黒は「郡」、城の南に位置するから「城南地区」 明治以来、東京府荏郡目黒村と碑衾村が、昭和7年に東京市目黒区となり、東京市は35区となる ・東京都23区になったのは昭和22年で、当初は22区。練馬は板橋区の一部でしたが、根強い独立運動が湧き上がり、同じ年に念願の独立を果たし、「練馬区」となった。 ( 練馬は23番目の区。板橋の次という意味では2番目かも。独立運動があったんだから練馬区民の特性として、運動論は得意なくかも) ・目黒区の特性というものは昔から変わっていないよう。 戦後、日本橋などの中心地から疎開してきた人たちや田舎から東京に出てきた人たちが住宅を構え、官僚や企業の管理職が住みはじめたことで、急な人口増とサラリーマン世帯が増えている。女性も多い。(今も同じですね。) ・サラリーマン世帯は官僚や企業の役員など学歴が高く収入も安定しており、文化的だけれど(「目黒の歴史」の中での分析ですよ。)地元出身が少ないため、区政に関心がなく国政選挙には出向くというのは今も昔も同じ。でも、大ブルジョアではない。(ふむふむ・・・。)
議会の様子 ・昔の区議会は政争のない区で、というよりも昔の議長の人柄がよく、目立つ人ではなかったのだけれど調整役として立派な人だったらしい。目黒区選出の国会議員はいないけれど国からも一目置かれていた人らしい。 ・政争がなかったため、区議も長く再選する人が多い。 よく「目黒区の伝統として、品格のある目黒区議会」ということを以前は言われていましたが、そのことの様。(今はいずこ・・・。)
町会・自治会について ・戦前、町会は行政の仕事を請け負い、住民を管理するための下部機関であった。町会長もそれなりに見識のある地域の地主などの権力者がなっていた。 ・戦後、GHQは住民自治の必要性から町会の廃止を命令した。 ・情報が行き渡らなくなり困った住民は、自ら町会に似た組織を作り、自治会、みどり会、町会というを組織名になった。
「目黒の歴史」を読んで簡単にまとめて見ましたが、目黒の特徴としては、昔も今もあまり変わっていないことがわかりました。
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